2011年4月17日日曜日

生きる力

新潟市中央区、鳥屋野公園の桜です。
鳥屋野潟沿いの桜は老木が多く、中には死に掛けている木もあります。
例年満会になる時期は少し廻りの桜よりは遅いようですが、花は咲きます。

老木から、新しい枝が芽吹き花が咲きます。
その花は華麗ではないけれど、花には変わりないです。
長い年月を掛けて華麗な花になってくれるでしょう。
見守っていきたいものです。

2011年4月16日土曜日

日本人のDNA

新潟市でも桜が咲き始めました。
私の感覚ですと、例年より一週間遅い感覚です。

来週ビックスワンでJ1アルビのホーム開幕ゲームが開催されます。
ビックスワン周辺の公園は桜が多く来週は散り行く桜が見ごろだと思います。

東日本大震災で日本中が暗いムードにあります。
私も失業してもうすぐ一年、無職状態が続いており見通しが立たない状態です。
でも桜を見るとと、いつも思うのですが、過去の思い出を想い出したり、
来年も見たいなと思うのが日本人のDNAにはあると思っています。
桜は別れや出会いに関する思い出が誰もが持っていると思います。

希望というものは、困難の中から生まれるからこそ希望であり、それは絶対に失望に変わることはないと聖書の一説にもありますが、困難の一部を自責として受け入れたとき人は強くなるのではないでしょうか?
いつまでも他責にしていては立ち上がることはできないと思います。
被災者の人達に物資や義援金を与え、頑張れと言うのはあまりにも酷です。
もう十分頑張っていると思います。
これから復興に向かって重要なのは頑張れば明るい未来が見える環境を提供してあげられるかだ思います。
政府にも、私たち社会全体にも今それが求められているのではないでしょうか

もうこの木は死んでいるのはないかと思う老木でも桜は花を咲かせます。
その花は華麗ではないかもしれないけれど、花には変わりありません。
華麗な花だけしか認めないのが現状なのかも知れません。
社会を変えて行くことは個人の力では出来ないけど、一人一人は変わっていけます。

ニュースで今回の震災に対して、日本よりも貧しい普段の生活にも困っている国々の人達からも義援金が届いているのを知りました。
技術先進国として戦後を生きてきた日本人は技術、物質的な豊かさと引き換えに多くの人間本来が持っているであろう心を失ってきたのは事実です。
私も理系人間でモノづくりのエンジニアとしてこれまで多くの職歴を生きてきましたが、実感させられています。
心が未熟な者の作った技術は本物ではないということでしょう。
日本は今、それを認め、やり直さなければならないと強く思います。

2011年3月26日土曜日

義援金

震災発生から2週間が経ちました。
新潟市では近所の公園を散歩していると、きっと福島県から非難して来たんだろうなという人を見かけます。
私の勝手な思い込みかもしれませんが、マスクをして散歩している人はそうなのかなと思っています。
原発から離れていますが、不安な気持ちがいっぱいで、いたたまれない気持ちになります。
新潟に非難してきてよかったと思ってもらえれば本当にうれしいです。

何か励ましの声でも掛けてやりたいと思うのですが、違っていたら失礼だし・・・
勇気が出ませんでした。

スーパー等のレジ廻りに義援金の募金箱を見かけます。
安易に募金するのは危険かもしれませんが、私は普段よく利用する酒屋のやまやさんは本社が仙台ということもあり、小額ですが募金させて頂きました。
こういったものに募金するときには「困って、悲しみに暮れている人達を助けてあげたい」という気持ちを満たす自分自身の満足感を買うつもりで募金してます。

長年モノづくりの仕事に携わってきましたが、ただこの商品を買って下さいでは、人は動いてはくれません。
その商品を買うことよって得られる満足や、使うことによって生み出されるドラマ、作り手の気持ち、葛藤に人の心は動くものだと思います。

2011年3月25日金曜日

働くということ

かれこれ失業して無職になってから、もうすぐ一年になります。
もうすぐ40歳になるし、本当に崖っぷちというより、終わりかけてるような気もします。
正直これ程苦戦するとは思っていませんでした。
甘かったと言うしかないです。

派遣エンジニアだった時は常にプロ意識を自覚し、「結果が全て」と言うドライな考えで仕事をしていました。
非常に強い気持ちで自分を律し、自己責任を強く感じていました。
そして結果的にお金の奴隷になってました。

仕事を失ってみて就職活動をしている中で職種にこだわったり、会社に帰属する意識より、会社、組織や人材を成長させる為に働くという意識が重要だな最近考えています。
かっこよく言えば経営者的な意識なのでしょうか
その為にはこれまで自分の職業経験で何を学び、身に着けてきたのかを明確にし、どうゆうふうに力になれるのかを考えなけばならないと思い、もう一度キャリアを洗い出しています。
スキルや資格でなく、人間力がどこまで自分にあるのか、何が好きで強いのかを見つけられるかだと思うのです。
自分と向き合うのは本当に辛いです。
自己否定と言い訳がいっぱいになります。
自分の嫌いところはたくさんあります。しかし、好きなところを見つけるのは難しいですね。
もう少し諦めずに頑張ってみようと思います。

やっと、お金の奴隷からは開放されたので、気持ちを新たにアルバイトからでもやってみようかと考えています。

2011年3月24日木曜日

問題のすり替え

福島原発の放射能被害が拡がっています。

おかしいと思うのは、
いつのまにか放射能は漏れない→少しなら漏れても大丈夫→瞬間的に大きな値であっても短時間なら大丈夫→将来的に健康被害が出る可能性は低い→早急に健康被害が出る可能性は低い
と問題がどんどんすり替えられて来ています。

本当に安全なのでしょうか?
政府関係者、東電、しいては報道までもが、本当に国民の事を考えて正しい情報を伝えているのでしょうか?
私はそうは思いません。
原発反対派の立場だった専門家の意見がほとんど報道されないのもおかしい。
原発利権者、政府関係者が情報管制してるような気がしてなりません。

被災され心打ちひしがれても、秩序を守り、まさに「耐え難きを耐えている」被災者のみなさん
その正反対に国益と評して、我欲まみれの人達がこの国を支配している。
それが現状ではないでしょうか?

どんどん問題をすり替えていき、とにかく責任を逃れよう、明確にさせないようにし、最後は自己責任とか自助努力のせいにする。
官、民に関わらずそれが日本の社会を支配している思想なのかもしれません。

2011年3月22日火曜日

カップラーメン

私は普段からよく朝食にカップラーメンを食べます。
しかし震災が発生してから、ずっと我慢してました。

日清カップルヌードルのノーマルの醤油味、これが一番ですねやっぱり
かつて仕事で海外に1ヶ月くらい行っていたときも、これが食べたくなりました。
日本人のソウルフードみたいなものですね。
私はアラフォー世代ですが、きっとこの世代の人だと同じ人多いと思います。
最近具の肉がおいしくなったし

さっき原信に行ったら、売ってました。
被災者の皆さんには後ろめたい気持ちもありましたが、2つだけ買ってきました。
大事に食べたいと思います。

2011年3月21日月曜日

写真がたまってる?

ブログを休んでいる間に撮った写真がたまってしましました。

撮影日は2010/12/11、
場所は新潟市鳥屋野潟そばの新潟県立図書館、
朝日を撮影したものです。

夕日はなんとなく悲しい気分になるけど、
朝日には希望を感じる事が出来るのは私だけでしょうか?
不思議です。

2011年3月20日日曜日

福島原発で被災された方

 原発被害により、私の住む新潟市にも、福島県内から非難されて来ている方がたくさんいらっしゃいます。
心よりお見舞い申し上げます。
この先のことを考えると、とても不安でしょうが、まずは新潟でゆっくりして下さい。

昨日早朝、ビックスワン周辺を早朝散歩していると、周辺の避難施設に非難されてきたと思われる子供たちが元気に公園を走り廻っていました。

新潟市の主な避難所になっている、新潟市体育館、ビックスワン周辺施設のいずれも、近くには水辺、公園があり、新潟市の中では数少ないパワースポットとなっております。
今はそれどころではないかも知れませんが、散策され心の力を取り戻して欲しいです。


「にいがた」を反対から読むと「たがいに」となるということで、たがいにいがたプロジェクト始まっています。いっしょに頑張りましょう!
TWITTERのハッシュタグは#tagainiigata


2011年3月19日土曜日

悲しい気分

しばらくブログをお休みしてました。
不安定な精神状態の中、先週の地震があり、
毎日、悲しい気持ちでいっぱいでした。

いろいろと報道や消費者の買いだめ行動など、日本の国には
偽善が満ちていると思ってしまいます。
本当の善行とは言葉ではなく、態度や行動を示す事であると思います。
言葉の力は大きいかもしれないけど、わざとらしいCMをテレビで流し、
大規模停電では、不便さに文句ひとつ言わない人々の影で、
買いだめに奔走する人達がいます。

そう考えてしまい、また悲しくなります。

私自身、約半年前に失業してからずっと、私利私欲の為に生き、お金の奴隷になっていたと
考えにたどり着き、どうすれば変われるのかを考えていました。

答えはまだ見つかってません。
まだまだ悩み続けたいと思います。